900年もの歴史を持つ山形の伝統工芸「山形鋳物(やまがたいもの)」は、薄手で繊細な美しい肌が魅力。茶道になくてはならない茶の湯釜の多くが山形産というのも、優れた技術であることの証明である。平安時代中期、山形地方で起こった乱を治めるため、源頼義がこの地を転戦。そのとき軍に同行した鋳物職人が、鋳物に最適な砂と土が豊富にあるこの地に留まり、山形鋳物が生まれた。その後、江戸時代の慶長年間、山形領主・最上義光による城下の再編成で、鋳物産地としての基礎がつくられた。
増田尚紀 : 鋳金家・デザイナー
1949年静岡県生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、恩師である芳武茂介先生のアシスタントとして5年間、全国の地場産業のデザイン開発を手がける。1977年山形に移り、20年間にわたり、菊地保寿堂にて600点におよぶ「WAZUQU」ブランドを確立。1997年独立し、「鋳心ノ工房」(Chushin Kobo)を設立。東北芸術工科大学非常勤講師、(社)日本クラフトデザイン協会会員。MoMA(ニューヨーク近代美術館)などの美術館に作品を所蔵される氏のデザインは、取っ手にステンレスを使った鉄瓶や、ヨーロッパでも人気のカラフルなティーポットなど、今のライフスタイルにもいきるモダンで個性的なものが多い。「伝統というのは決して保守的なものではなくて、その時代では先鋭的なアバンギャルドでした。しかし、美だけを追求していては日常生活に役立ちません。時代のニーズを考え、グローバルな視点で市場が何を欲しているかをまず考え、世界各地の人たちから愛される物作りをポリシーにしています。伝統の技を伝え、守るにはつくり手とつかい手が一つの輪になることが大切。」と増田氏は言う。
増田尚紀 : 鋳金家・デザイナー
1949年静岡県生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、恩師である芳武茂介先生のアシスタントとして5年間、全国の地場産業のデザイン開発を手がける。1977年山形に移り、20年間にわたり、菊地保寿堂にて600点におよぶ「WAZUQU」ブランドを確立。1997年独立し、「鋳心ノ工房」(Chushin Kobo)を設立。東北芸術工科大学非常勤講師、(社)日本クラフトデザイン協会会員。MoMA(ニューヨーク近代美術館)などの美術館に作品を所蔵される氏のデザインは、取っ手にステンレスを使った鉄瓶や、ヨーロッパでも人気のカラフルなティーポットなど、今のライフスタイルにもいきるモダンで個性的なものが多い。「伝統というのは決して保守的なものではなくて、その時代では先鋭的なアバンギャルドでした。しかし、美だけを追求していては日常生活に役立ちません。時代のニーズを考え、グローバルな視点で市場が何を欲しているかをまず考え、世界各地の人たちから愛される物作りをポリシーにしています。伝統の技を伝え、守るにはつくり手とつかい手が一つの輪になることが大切。」と増田氏は言う。













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